2022年05月18日 「ゆっくり茶番劇」の商標登録問題について、弁理士がわかりやすく解説します

2022年05月18日

「ゆっくり茶番劇」の商標登録問題について、弁理士が解説します。

動画を投稿する方や解説記事を書かれる方、あるいは知的財産問題に興味のある弁護士の方などのご参考になればと思います。

主に商標登録無効審判についての解説です。

○概要

・商標登録無効審判がどのように進むか(予想)

・商標登録無効審判の請求が認められなかったとき

・商標登録無効審判には期限があるが、例外もある

○詳細

序.

「ゆっくり茶番劇」の商標登録(以下「本件商標登録」)ですが、
これを維持したまま問題が解決するのか、それとも本件商標登録が消滅して問題が解決するのか、2通りがあると考えます。

ここでは、本件商標登録が消滅する場合について、法的側面からご説明します。

なお、商標登録が消滅すると、商標使用料請求(ライセンス請求)の「権原」が無くなります。
つまり、「ゆっくり茶番劇」の文字を使用している方は、いままで通りに使用できることになります。

  ☆     ☆     ☆

商標登録を消滅させる方法として、登録異議の申立てや商標登録無効審判、取消審判があります。

しかし、本件商標登録について、登録異議の申立ては申立期間が過ぎていますので、ここでは主に商標登録無効審判について解説します。

1. 商標登録無効審判がどのように進行するか(予想)

大まかには、以下の流れになることが予想されます。

①利害関係人により、第4条第1項第10号・第15号・第19号や、第4条第1項第7号違反を理由とする商標登録無効審判が請求される。

②特許庁での審理の結果、いずれかの請求について認容され、その審決が確定すれば、当該商標権が初めからなかったものとみなされる(商標権が消滅する)。

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誰が商標登録無効審判を請求できるのか?:

利害関係人です(商標法第46条第2項)。

利害関係人は正当権利者のほか、商標権者から警告等を受けた方になります。

どのような場合に商標登録無効審判を請求できるのか?:

商標登録に瑕疵(「かし」と読みます。キズのことです)がある場合です。

例えば、他人の周知商標が第三者に商標登録がされてしまった場合、その登録商標は商標法第4条第1項第10号、第15号、第19号のいずれかに違反してされたものと判断されます(各号について詳細は述べませんが、条文を以下に掲載しておきます)。

よって、本件商標権を理由に権利行使された場合、権利行使された側は、主としてこれらの規定に違反して商標登録されたことを理由として無効審判を請求することになるでしょう。

また、商標法第4条第1項第7号違反は「公序良俗違反」といわれます。
業界内の一部で「伝家の宝刀」などともいわれており、請求理由のメインとして挙がるものではありませんが、こちらも無効審判の請求理由として挙がってくるでしょう。

【参考】商標法
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

七 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標

十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)

十九 他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)

2. 商標登録無効審判の請求が認められなかったとき

商標登録無効審判の請求が認められず、その審決に不服がある場合は、東京高等裁判所に訴えることが出来ます(商標法第63条 第1項)。

いわゆる三審制の第二審です。

商標権の有効無効に関しては、第一審が特許庁(行政)で、第二審と第三審が裁判所(司法)で争われます。

3. 商標登録無効審判には期限があるが、例外もある

一般的に、登録日から5年が経過した商標登録については、無効審判が請求できません。この5年の期間を除斥期間といいます。
除斥期間に関する規定は、権利の安定を図るためのものです。

しかしながら、この規定には例外があります。

例えば、上述した商標法第4条第1項第19号違反については、除斥期間がそもそもありません。

また、商標法同第15号違反のうち、不正の目的で商標登録を受けた場合も、除斥期間がありませんし、
商標法同第10号違反のうち、不正競争の目的で商標登録を受けた場合も、除斥期間がありません。

根拠条文を以下に記載します(商標法第47条第1項)。

よって、登録から5年が経過してしまうと商標権が消滅しなくなる、というわけではありません。

不正の目的でなされた商標登録が半永久的に存続するような事態を、商標法は容認しません。

【参考】商標法
第四十七条 
1 商標登録が第三条、第四条第一項第八号若しくは第十一号から第十四号まで若しくは第八条第一項、第二項若しくは第五項の規定に違反してされたとき、商標登録が第四条第一項第十号若しくは第十七号の規定に違反してされたとき(不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除く。)、商標登録が同項第十五号の規定に違反してされたとき(不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。)又は商標登録が第四十六条第一項第四号に該当するときは、その商標登録についての同項の審判は、商標権の設定の登録の日から五年を経過した後は、請求することができない。

【参考】用語について
「不正の目的」とは、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」と定義されます。
また、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」とは、図利目的・加害目的をはじめとして取引上の信義則に反するような目的のことをいいます。

「不正競争の目的」と「不正の目的」の違いについて、「不正の目的」は、取引上の競争関係を有しない者による出願であっても、信義則に反するような不正の目的、とされています(工業所有権法(産業財産権法)逐条解説 第21版)。

4. おまけ・「商標登録無効審判」と「登録異議の申立て」の比較

本件商標について、登録異議の申立てを請求できる期間は過ぎています。

よって、本件商標の消滅を望む場合、商標登録無効審判が取りうる手段となります。

商標登録無効審判登録異議の申立て
誰が(主体的要件)利害関係人(商標法第46条第2項)何人(なんぴと)も(商標法第43条の2)
いつ(時期的要件)商標登録後、いつでも(除斥期間あり)(商標法第46条第3項、第47条)商標掲載公報の発行の日から二月以内(商標法第43条の2)
どこで特許庁審判廷原則書面審理。ただし申立て等により口頭審理によるものとすることができる(商標法第43条の6 第1項)
理由商標登録が商標法第4条などの規定に違反してされたこと(商標法第46条 各号)商標登録が商標法第4条などの規定に違反してされたこと(商標法第43条の2 各号)
(請求認容時の)効果商標登録を無効にすべき旨の審決が確定したときは、商標権は、初めから存在しなかつたものとみなす。(商標法第46条の2 第1項)取消決定が確定したときは、その商標権は、初めから存在しなかつたものとみなす。(商標法第43条の3 第3項)
審理期間平均審理期間は13.1か月(2019年データ ※)標準的な審理期間(異議申立てから異議決定までの期間)は、6~8か月(※※)

「何を」については、今回問題となった商標登録、となりますので省略しています。

※無効審判の審理期間については、次をご参照ください(7ページ目)。
https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/index/shinpan-doko.pdf

※※商標異議申立ての審理期間については、次をご参照ください。
https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/05.pdf

○最後に

権利行使された場合

もし本件商標登録に基づく権利行使を受けた場合、慌てて金銭を支払ったりせず、

商標を取り扱っている弁理士や、知財問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

権利行使された方は上述した「利害関係人」になりますので、商標登録無効審判を請求することができます。

(裁判において「当然無効の抗弁」や「権利濫用の抗弁」が主張できると考えますが、「権原」となる商標権をなかったものとする方が確実かと思います。)

  ☆     ☆     ☆

その他できること

例えば、商標登録が第4条第1項第10号に違反するというためには、「出願時(および査定時)において当該商標が需要者の間に広く認識されていること」を証明する必要があります。

本件商標登録においてこの出願時は2021年9月13日となります。

よって、この出願日よりも前に「ゆっくり茶番劇」が周知であったことを示す証拠が集まれば、無効審判の請求が認められる可能性が高くなります。

もちろんこの証拠は、主観的なものではなく、特許庁審判官を十分説得し得るほどに客観的で正しいことが必要です。

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2022年5月26日追記

どうも本件商標登録については、商標権の放棄という方向で話がまとまるようです。

これでひとまず一安心と言えましょうが、法的側面から気になる点があるのでひとこと。

放棄による法的効果と、無効審判(の認容審決)による法的効果は全く違います。

どちらも確かに商標権は消滅するのですが…。

悪用されたくないので詳細は述べません。

株式会社ドワンゴやZUN氏を始めとして、本件に対応された方は本当にお疲れさまでした。

○まとめ

・商標登録無効審判がどのように進むか(予想)
 →4条違反を理由として利害関係人が商標登録無効審判を請求し、請求が認められれば商標権が消滅する。

・商標登録無効審判の請求が認められなかったとき
 →裁判所で第二審、第三審はあり得る。

・商標登録無効審判には期限があるが、例外もある
 →不正の目的等を有する場合は、その商標登録から5年経過後であっても、無効審判を請求することができる。

・もし権利行使されたときは?
 →商標を取り扱う弁理士か、知財問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

※本記事についてのご質問や今後の予想についてはお答えしかねますので、ご了承ください。